朝チャレンジ・
マスタ・スダカーの小話より
「イライラしているから、隣の家の前にゴミを置く。きっと仕返しにくるだろうと待っていると、数日後、自分の玄関の前に、新鮮な果物と手紙が置いてあった。手紙には、「家で採れた新鮮な果物です。どうぞ食べてください。」と書かれていた。
ゴミを置いた人は、自分がゴミを置いたのに、どうして果物が返ってくるのかわからず、
隣の家の人のところへ行く。
隣の家の人は、「あなたは、あなたの持っているものをくれた。私の持っているものは果物で、私があなたに与えられるものはそれなのです。」
朝チャレンジをしている、ヨガをしているとは、果物を与えられる人だと。マスター・スダカーは仰います。
もし、まだそうでないならば、果物を与えられるように変えていくことを、
始めてみてください。
まだまだゴミだなと感じること、例えば、
イライラや、怒りがあるとき、きつい言葉になったり…
いいことをしたのに、頑張ったのに、期待することが起きなかったら、不満を言ったり…
苦手な事を押し付けられたら気分を害したり…
痛みがあるとき、笑顔がなくなっていたり…
知らず知らずにゴミを他者に、自分に与えてしまっていた。
かもしれない。
ゴミは創り出さなければ生まれない。
マスター・スダカーは、
状況に反応するのではなく、対応しなさい。と仰います。
自分の内側には、もうすでに、新鮮な果物を持っていることに気付くことが、
ヨガをする。ということなのかと感じます。
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